2011/11/27

【アフリカ】病院

今、アフリカの田舎の病院で働いています。

別にNGOとかではなく、こっちでできた知り合いの知り合いのツテで、ちょっと手伝ってよ。みたいなノリで、もちろん無給ですが。

主に小児科で働いているのですが、やばいです。もうあまりのやばさに心が折れそうです。

嘘みたいに、子どもたちが死んでいきます。

ばたばたと死んでいきます。

苦しんで苦しんで、泣く力もなく、おびえきった目をして。

やっとのことで死んでいきます。

電気も水もきちんと来ておらず、外国からの援助もここまではあまり届いていないようです。薬も医者も機械もラボも知識も人手も全然足りません。

検査も画像もなく、結局何の病気か分からないまま死んでいく子も多いです。そして死んだ後お葬式を出すお金がない子どもの、骨と皮だけになった遺体は、リヤカーみたいなのでどこかに運ばれていきます。

「痛みはどう?」と様子を見に行ったら毛布の中で目を開けたまま冷たくなっていた子もいます。足が震えました。

「あの子、死んでるよ!」とナースに言ったら「あぁ、数時間前に死んだよ」と言われました。他の生きてる子たちと一緒にならんで寝かされていました。





今の病院の小児科(といってもボロボロの建物です)は常時10人くらいの子がいます。0歳~10歳くらいまでで、ほとんどの子は、マラリア+何か別の病気(マラリア以外大した検査もできないので不明なまま治療することが多い)です。

腸チフスも大変多く、進行して腸が破裂し、Sepsis を起こして亡くなる子も。というかここに来てから一ヶ月ほど経ちましたが、今のところ腸破裂は100% の死亡率です。手術でも1人も助かりませんでした。

また、内戦があった関係で予防接種を受けられなかった10歳前後の子たちが、劇症 B 型肝炎や破傷風を起こして運ばれてきます。劇症肝炎の子たちも1人も助かりませんでした。

結核の子も1人。全身にひろがっており、背中も変形して立つこともできません。

無力感でいっぱいです。

親はすがるような目で「White People が来たからもう大丈夫かも」みたいに何度も何度もお礼を言ってきます。何もできてないのに。

大きな手術の後に痛みで泣き続ける子にあげる鎮痛剤すらありません。死期が近く、痛い痛い、息ができない、とおびえきった目で私を見ていた子どもたちが亡くなると、正直思います。


「やっと楽になったね・・・ごめんね・・・」と。

「次はもっと幸せな人生を送るんだよ」と。




途上国もアフリカも初めてではありませんが、これほど人間が死んでいくのをみたことはありません。「高い乳幼児死亡率」という言葉がこんなに生々しいものだったとはじめて理解しました。悪い夢ばかり見ます。

なんとか薬の供給先を探したり、状態の悪い子をもっと大きな首都の病院に送れるように奔走したり、というようなことしかできていません。知識の壁も厚いです。「ここはアフリカなんだ。しょうがないよ」という決まり文句を前に、まさにのれんに腕押しという感じです。

私一人でいったい何ができるのか。どうすれば単純にこの死の連鎖をとめられるのか。何から始めればいいのか。

とりあえずここに書いたのは、こういう壮絶な事実がある、ということを記しておこうと思ったからです。

できることから一つ一つ、進んでいこうと思います。


1 comment:

  1. うちむきべくとるNovember 30, 2011 10:32 AM

    あれから、ブログを再開しようとしてみました。そもそも、どうしてブログに拘るんだろう?と、自分でも不思議に思います。きっと、「書いてみないと自分でも分からないことがある」なのでしょうね。

    すごく求めているんです。でも、何を求めているのか、分かりません。

    でも、そんなちっぽけな自分だけの世界に浸っていることに、すごく罪悪感を覚えました。

    アフリカの現状。

    危機的な状況であればこそ、大人たちは子孫を残そうと、より奮闘するのでしょうね。
    それで解決できないからこそ、人類の知恵の営みがあるようにも思います。本能に付き従う前に、生まれてくる子供たちを取り囲む現実を考えてほしい、とわたしは思いました。

    そして、毎日のように繰り返される、目の前の現実。
    言葉が見つかりません。

    折れそうな心を抱えて、毎日の仕事と向き合っているのですね。

    この記事のことを胸にとどめて、わたしはわたしの日常を送ろうと思います。

    ご無事を祈っています。

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